ep9 勇者になんて、なれませんから

※今回はらしくなく暗いお話です！！
　暗いの苦手な方は軽～く、スルーしちゃって下さいな！！





季節は初夏。
そのワーキャットの子供は、ただただ呆けていた。
目の前に広がる光景に。

いつのも昼寝場所。
花が咲き乱れる、平和な風景。
爽やかな風が吹き抜ける丘。
風にそよぐ、見慣れた両親の毛並み。
でも、いつもと何かが違う？

見慣れた毛並みの両親は、ピクリとも動かない・・・・。

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1

照りつける日差しの中、そのメガネの青年は丘を登って歩いていた。

「今日も暑いですねぇ・・・。このジャージ、思ったほど通気性良くないんですよね・・・」

青年は一人旅であったが、誰に語りかけるでもなく愚痴をこぼす。
丘の上に達し、視界が開けた中にモンスターの姿が見て取れた。
すぐに警戒し姿勢を低くしたものの、遠目にも分かる血の色。
どうやら冒険者に倒された後のようだ。

「ふむ。今日は全然エンカウントしませんが、どうやら高LVの冒険者が
通った後のようですねぇ。
僕ではモンスターには歯が立ちませんから助かりますが・・・おや？」

独り言の多い青年は、ワーキャットの躯の傍に、生存している子供のワーキャットがいる
ことに気が付く。
まずい・・・。近付き過ぎだ・・・。

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ワーキャットの子供は、近くの林で遊んできたところであった。
両親は子供が一匹で遊ぶのを案じ、普段ならすぐに見つかって連れ戻されてしまうのだが、
この日はいつまで経っても迎えに来なかった。
やがて自分の空腹に気付き、自分から林を出た。

おなかが空いた。お父さんとお母さんのところに戻ろう。
きっと巣穴か、いつもの昼寝場所に居る筈だ。

思った通り、昼寝場所に両親を見つける。
いつもの匂い。
自然と歩みが速くなる。
今日のご飯は何だろう？
まだ上手く狩りはできないけど、お父さんはいつも美味しいエサを狩ってきてくれる。

近づくにつれ、「エサ」の匂いもしてきた。


あれ？
美味しそうな匂い？
何か違う。
僅かな違和感。
何だろう？
嫌な感じがする・・・。

歩調は既に全力疾走となっていた。
やがて確かになる違和感。
「エサ」の匂い。
普段、狩ってきた獣から感じられる匂い。
その匂いを発しているのは












おとうさんとおかあさんだ















もの言わぬモノと化した両親は
赤く染まったその身体をグッタリと横たえていた。













季節は初夏。
そのワーキャットの子供は、ただただ呆けていた。
目の前に広がる光景に。





寒い雪の日、暖かな体で抱きしめてくれたお父さん。
今はもう冷たい。

やさしい眼差しを向けながら毛づくろいしてくれたお母さん。
もうその目も口も開かない。

お父さんとお母さんは「エサ」になったんだ・・・。
「エサ」は狩りの前は動いている。
でも「エサ」になると動かない。

お父さんとお母さんは、もう動かないんだ・・・。

僅かに残るニンゲンの匂い。
いつもお母さんが言っていた。
ニンゲンには近づいたらダメ。
とても危ないから。

時々一緒に遊ぶ「ろいやるさん」よりずっと小さいけど、「ろいやるさん」よりずっと怖い。
不思議だった。「ろいやるさん」のほうが強いんじゃないのかな？
でも、今なら分かる。
「ろいやるさん」はこんなことしない。
お父さんとお母さんを「エサ」にしたりしない。


その時だった。風向きが反転し
風上からニンゲンの匂いがツンと過ぎる。
振り向くとそこには、
銀色の毛並みの「ニンゲン」がいた。







咄嗟に感じた感情は「恐怖」。

怖い。
逃げないと。
でも、どうしてだろう？
その気持ちを何かが邪魔する。
目の奥が熱い。
急激に渇く喉。
逃げたくない。

初めて沸き起こる感情に困惑する。

もういい。どうせ自分だってここで「エサ」になってしまうんだ。
この感情に身を委ねてしまおう・・・。

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目が合ったワーキャットの子供は空ろな表情だった。
いや、そもそもこの種族は表情豊かではないのだが、なんと言うか
目に光が無い。
なんな感じだった。

直後、その目に光が灯る。
そして己に向けられる、明らかな敵意。

身構えた時には遅かった。
子供とはいえ、野生で生きているワーキャットの瞬発力は相当なものである。
瞬時に間合いは詰められ、左腕に噛み付かれた。
青年の白いジャージにたちまち鮮やかな赤色が広がってゆく。

「いたたたた・・・。全く、とばっちりもいいとこですよ」
青年も時々は街から街へ移動する程度の旅はしている。
こんな子供のワーキャットであれば、難なく飛ばすこともできるであろう。

しかし、青年は道具袋からおもむろに液体の入ったビンを取り出すと、
噛み付いているワーキャットの口の横からビンの先を差し込んだ。
不意に液体を喉に流し込まれ、激しく咽るワーキャット。
そして動きが鈍くなり、そのまま動かなくなった。

「さすがはルームキラーの毒。効き目バツグンですね。
って、いたたたた！！傷口に毒が入った！！！し、しみる～～～！！」




うららかな丘に響き渡る青年の悶絶。
一通り苦しんだ後、青年は考え込む。
このワーキャット、どうしたものか？
このまま放っておいたら、おそらく自力ではロクにエサも取れないだろう。
まだまだ親の庇護が必要なほど幼いのだ。

かといって、ペットとして育てるにも気が引ける。
戦闘用ペットとして、モンスターと戦わせる？
それはあまりにも酷だ。
このワーキャットの記憶に刻まれた今日の光景は
おそらく、ずっと消えないであろう。

しばらく考え込んだ青年は、何か思いついたようにはたと手を打ち、ワーキャットを背負い
来た道を引き返すのであった。

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2

青年の生活は一変していた。
青年は元々一人暮らしであったが、珍妙なペットとの共同生活が始まった為である。

しかも、そのペットは最初、全く人間に懐かなかった。

まず苦労したのはエサを与えること。
青年がエサを手渡しで与えると、絶対に口にしない。

仕方なく、青年は生きた小動物を調達し、自室に放してワーキャットに自分で狩らせた。
なんとも不器用で、とても自然の中ではエサにありつけなさそうではあったが、密室であれば
なんとか仕留めることができるようになっていった。

また、夜は極力同じ部屋で寝るようにした。
今は人間に慣れる必要がある。
自然界で生きていけないなら、人間界で生きなくてはならないのだから。
とはいえ、寝ている隙に首にかみつかれでもしたら命の危機だ。
青年は甲冑を着込んで睡眠をとった。
とても寝苦しかった。


冬。
ファンブルグの木々はすっかり葉を落とし、雪もちらつく季節。

苦労の甲斐もあり、青年が与えたエサも食べるようになった。
攻撃されることも無くなってゆく。
甲冑無しで初めて安眠できた日には、久々のベッドの寝心地に涙が出たものだ。


春。
新緑が芽生え、中庭の桜も満開になる季節。

青年は、ワーキャットを連れ、外を歩くようになっていた。
ワーキャットは思っていた以上に知能が高く、青年の言葉も簡単なものであれば
理解するようになる。

ただし、会話をすることは出来ない。
ワーキャットにはそもそも人間のような声帯が無いのだ。
それでも青年は字を教えることでこの問題の解決を試みる。
コミュニケーションをとるまではいかないが、数字の概念と書き方はすぐに覚えさせることが
できそうだ。



夏。
日差しは日増しに強くなり、セミの大合唱が連日続く季節。

このペットと出会ってから1年が経過。
数字と計算は足し算、引き算であればほとんど問題なくできるようになった。

食事は、もう狩りはさせていない。
青年と同じ食卓につき、青年と同じものを食べている。
箸が上手く扱えないので四苦八苦しているが、まあそのうち覚えるだろう。

ワーキャットは一年前とは比較にならないほど、元気になっていた。
しかし、時々ファンブルグ南地区で売られているペット屋でワーキャットを見かけることがあり、
そのときは、ただ黙ってじっと仲間を見ていた。
その底にある感情は、青年にも計り知れないものがある。

だが、これで良いのだ。
青年はもとより、このワーキャットの子供に過去を忘れることを願ったことは無い。


そして季節は秋。

青年はワーキャットの子供をリセリア城へと連れて行った。
緋絨毯の上を歩きながら、青年は言う。

「さて、ようやくここまで来ましたね。
いいですか？あなたは今、ただのペットですがペットは何かと不便なのですよ。
例えば、一人で買い物ができない。
人として扱われないので、当然仕事もできない。
自力では稼げないので、飼い主に依存して生きて行くしかないんです。

でもね、あなたはモンスターと戦うことなんてイヤでしょう？
僕もイヤです。怖いですから。
あなたの場合は恐怖じゃないでしょうけどね。

だから、あなたがここで生きていくには、ペットとしての依存ではダメなんです。
自力で働く必要があるんですよ。
幸い、数勘定はできるようになってきましたので、もう店番くらいはできますよね。
あ、お金の概念を教えないとですよねぇ。
その辺はぼちぼち教えていきますので、まずはペットを辞めちゃいましょう」

ふと青年が立ち止まる。
着いた場所はゲートルーム。

「さあ、あの中央の穴から降りるんですよ。
いきなり怖いオジさんに襲いかかられますが、まあ説明したとおりにすれば大丈夫です。
ここから出てきたときには、あなたはペットではなく、立派なファンブルグ市民として
迎えられます。

そうそう、もう一つの可能性もありましたねぇ。

もしあなたが世界の勇者として迎えられるなら・・・」

青年はワーキャットを振り返り、言葉を続ける。

「モンスターとしての悲しみも知るあなたは、一体どんな勇者になるんでしょうね？
ひょっとしたら、この世界の問題点の根底を解決できるのはあなたのような方かもしれません」

ワーキャットは、ただ不思議そうに青年を見つめるだけ。
まだ理解できない単語が使われているのだから仕方ない。

「おっと、忘れていました。
人として生活していく以上、あなたにも名前が必要ですね。
旅立つ前に名前を考えなくては。

この名前というものですが、簡単に目的だけ述べるなら、これは要するにその人を表す
記号のようなものなんですよ。

ただ、この記号は通常は親か親族が決めます。
ですので、ただの記号だけでなく、そこには愛情も込められるものなんですよ。

私はあなたの親ではありません。
あなたの本当の親は確かに実在し、あなたを立派に育てていたのです。
私は彼らを差し置いて、あなたの育ての親を騙るつもりはありません。
おこがましいですからねぇ。

なので、あなたの本当の名前は親御さんにお任せするとして、記号として機能する名前を
考えましょうか。
丁度ですね、あなたの最初の仕事はもう用意してあるんですよ。
ちょっと僕の研究で人手が必要になってしまいましてね。
その仕事内容がわかりやすい名前にでもしておきますか

では、あなたの名前は・・・」



































ＢＡＮＸ「記録嬢です」

～To be continued～

Special Thanks！！

シライさん：挿絵使わせていただきました！！